つまずきは「余計な一手」から始まる
入塾したばかりの中1生の授業で、英語の命令文を学習しました。肯定文を否定文にするときは、文頭に Don’t をつけ、もともと先頭にあった動詞(または Please)の頭文字を小文字に直す――やることは実はこの二つだけです。ところがその生徒は、授業後の確認テストで必要のない語順入れ替えをしたり、動詞を落としてしまったりと、正解を遠ざける“余計な一手”を重ねてしまいました。
「見直す力」を作るために、あえて教えすぎない
まずは映像授業で復習。そのうえで確認テストの直しを提出するように指示しました。ところが、再提出された答案は同じ誤りのまま。実は映像の授業は開きもせず、何となくテキストを見ていただけでした。
今度はテキストを開いて問題と答えを見比べて「どこが違う?」と一緒に確認します。すぐに「Don’t をつけるだけ」とは答えられるのに、もう一つ――先頭以外の大文字を小文字に直す――にはなかなか気づきません。ここで「Don’t をつけて、先頭は小文字だよ」と言ってしまえば早いのですが、あえて飲み込みます。自分で気づけるようにならないと、家で学校ワークをやるとき、同じ誤りに自動的に〇をつけてしまうからです。
4回目で合格――“採点者の目”が宿るまで
直しのたびに新しい見落としが顔を出します。今度はピリオド忘れ。次も「自分で間違いに気づく」方向に促し、再テストへ。こうして四度目で合格しました。時間はかかりましたが、最後は自分の目で「Don’t の有無」「大文字・小文字の切り替え」「終止のピリオド」を順に点検できるようになりました。テスト後に改めて映像授業の該当部分を一緒に確認すると、「授業をきちんと聞いていれば、もっと早く合格できた」と本人が自分の言葉で納得できました。
すぐに答えを教えない指導
すぐに答えを教えない理由は、主に2つあります。①自分で間違いに気づく力を育てること、②まじめに授業に向き合う姿勢を作ること。
この生徒の場合、授業を聞き流していたことが根本原因でした。ここで答えだけ渡すと、以後も授業を聞き流し「困ったら聞けばいい」となってしまいます。学校の宿題を“答えを教えて欲しい”と塾に持ち込むケースでも同様で、講師が代わりに解いて答えを教えると、少し難しいだけで自分で考えなくなる、あるいは学校の授業まで聞き流すという副作用を招きかねません。
宿題を持ってきたときは、状況に応じて次のように対応します。
— ① ヒントだけ与えて自力で解かせる
— ② その宿題を解くための“授業”を受けてもらう
— ③ 類題で手順を説明し、宿題本体は自力で仕上げてもらう
いずれも「自分で仕上げる」ことが肝心です。
今“楽”をするより後で“楽”をする
限られた授業時間、ほかの生徒対応もある——だから即答で切り上げるのは短期的には効率がよく見えます。生徒は“答えがもらえて嬉しい”、先生は“早く終われて助かる”。しかし長期的には学力が伸びず、質問も増え、双方の負担はむしろ大きくなります。
例えば「わからない英単語がある」と言われたら、意味を教えるのではなく、辞書や英単語帳での調べ方を教えます。やがて生徒は自力で解決できるようになり、塾がない場面(家庭・学校)でも学習が回る体質になります。勉強は塾だけでするものではありません。先生がそばにいなくても進むやり方を身につけることが、結局いちばんの“近道”です。
おわりに
学びを速くする近道は、教える量を増やすことではなく、自分で気づけるように意識を切り替えてあげることです。命令文の否定という小さなテーマでも、その問題を通して「読んで・直して・仕上げる」力は確実に育ちます。次の単元でも、“余計な一手”を手放し、“必要な二手”を丁寧に。ここからが本当の加速です。

