当教室では、宿題は希望制でほとんどの生徒が宿題なしで通っています。

「宿題を出さない」と聞くと、「でも、自分から勉強する習慣は大切なのでは?」と思われる方もいるかもしれません。もちろん、自分から勉強しようとする姿勢は大切です。ただ、私たちは、「家で一人でも勉強できること」と「自分に合った勉強を適切に進められること」は、少し違うと考えています。

■ 大人でも、集中できる環境を選んでいる

例えば、大人が資格試験などの勉強をするとき。家でも勉強できるはずなのに、あえてカフェや図書館、自習室へ行く人もいます。

家では集中しにくい。周囲に人がいた方が適度な緊張感がある。「ここでは勉強する」と場所を決めた方が、気持ちを切り替えやすい。これは「自分では勉強できない」ということではありません。むしろ、自分の特性を理解して、集中しやすい環境を自分で選んでいるとも考えられます。

中学生や高校生も同じです。「自立した子なら、家で一人で何時間でも勉強できるはず」と考える必要はないと思っています。自分が集中できる環境を選ぶことも、一つの自己管理です。

■ 真面目に勉強していたからこそ、うまくいかなかった夏休み

以前、ある小学6年生の受験生を指導していたときのことです。その生徒はとても真面目でしたが、一日に長時間勉強を続けても、ずっと同じ集中力を保てるタイプではありませんでした。

夏休みには、午後から50分の授業を1日7コマ受講する日が続く予定になっていました。それだけでも、かなりの時間を受験勉強に使うことになります。

そこで夏休み前の面談では、普段宿題にしていた算数の問題集について、「夏期講習中は、この問題集はやらなくて大丈夫です」と理由も含めてお伝えしました。

午前中まで算数の問題集を何時間も進めてから7コマの授業を受けるより、午後の授業に集中できる状態をつくった方が、その生徒には合っていると考えたからです。もし午前中にも勉強したいのであれば、本人が好きだった社会の暗記用教材などを1時間程度進めるくらいで十分。何もしない日があっても構わない。そのようにお話ししていました。

ところが、夏期講習が始まると、その生徒は毎日のように眠そうにしていました。授業中もなかなか集中が続きません。

本人にも家庭での様子を聞き、保護者様にも確認しましたが、その時点では「家ではのんびりしている」と聞いていました。そのため、午前中の過ごし方が原因だとは考えず、体力の問題なのだろうか、生活リズムの問題なのだろうかと、本当の原因が分からないまま夏期講習が終わりました。

そして、10月頃の面談で初めて分かったことがありました。

実際には、夏休み中も午前中に、こちらが「やらなくて大丈夫」と伝えていた算数の問題集に取り組んでいたのです。

午前中に自宅でかなり勉強し、その後に50分×7コマの夏期講習を受ける。結果として、午後には力を使い切り、本来集中してほしかった授業で集中力が続かなくなっていました。

ここで重要なのは、この生徒に勉強する意思がなかったわけではないということです。むしろ逆でした。家でもきちんと勉強していた。勉強時間だけを見れば、「自主的によく頑張っている受験生」に見えます。

それでも、その生徒にとっては一日の学習量と時間配分が合っていませんでした。

問題だったのは「勉強するか、しないか」ではなく、一日にどれくらい勉強し、どこで休み、どの時間帯に最も集中するのかという学習量と時間配分だったのです。

この経験から、必要な学習量を確保することと、ただ学習時間を増やすことは同じではないと改めて考えるようになりました。

■ 「自分のペース」と「適切なペース」は同じではない

「自分のペースで勉強させたい」という考え方もあります。もちろん、本人の気持ちを無視して勉強させても長続きしません。しかし、自分のペース=その子にとって適切なペースとは限りません。

例えば、得意な数学ばかり勉強する。苦手な英語を後回しにする。疲れているのに「まだやらなきゃ」と続ける。逆に、少し疲れただけで「今日はここまで」と切り上げる。同じ問題集を何度も進める一方で、本当に補強した方がよい単元には手をつけない。これもすべて、本人からすれば「自分のペース」です。

先ほどの小学6年生も、「自分から勉強できない」ことが問題だったのではありません。むしろ、自分からかなり勉強していました。しかし、本人がやろうとした量と、その日の午後まで含めて集中できる量が一致していなかったのです。

一方で、難関校を目指すのであれば、相応の学習量が必要になることも事実です。「無理をしないこと」だけを基準にして、本人が楽にできる範囲だけで学習量を決めればよいとも考えていません。

受験には期限があります。目標から逆算して、今の自分に何が必要なのか、どのくらいの学習量が必要なのかを考え、優先順位をつける必要があります。ここには、本人だけでは判断しにくい部分もあります。

■ スポーツ選手にもコーチがいる

スポーツを考えると分かりやすいかもしれません。高い目標を持って競技に取り組む選手であっても、練習内容や練習量、休養まで、すべてを本人の感覚だけで決めているとは限りません。選手本人が努力することは当然です。

そのうえで、コーチと相談しながら、今日は何を練習するのか、どこを修正するのか、どこまで負荷をかけるのか、いつ休むのか、といったことを調整します。これは、選手に自主性がないからではありません。本人が努力することと、本人だけでは見えにくい部分について第三者の意見を取り入れることは両立します。

受験勉強も、私たちは同じだと考えています。

■ 勉強するのは本人。でも、全部を本人任せにはしない

塾が学習について提案するといっても、先生がすべてを決め、生徒は言われたことだけをやればよい、という意味ではありません。勉強するのは本人です。問題を解くのも、覚えるのも、考えるのも本人です。

ただし、「今は何を優先するべきか」「目標に対して今の学習量で足りているのか」「このやり方を続けるべきか」「もう少し負荷を上げた方がよいのか」といった部分については、こちらからも必要に応じて提案します。

最終的にどのくらい通塾するのか、どのような形で勉強を進めるのかは、生徒本人やご家庭と相談しながら決めていきます。

大切なのは、本人の努力を奪うことではありません。その努力ができるだけ成果につながりやすい方向を、一緒に考えることだと思っています。

そして、こちらから何かを提案されたとき、その理由を考え、自分に必要だと思えば取り入れていくことも大切です。自分のやり方だけにこだわることが、自立ではありません。

■ 「宿題を出さない」のは、勉強量を減らすためではありません

現在、新・個別指導アシスト習志野校では、原則として一律の宿題を出していません。

これは、「家では勉強しなくていい」「たくさん勉強しなくていい」という意味ではありません。

むしろ、勉強するのであれば、できるだけこちらが集中状態や進み具合を確認できる環境で、その生徒に必要な内容に取り組んでほしいという考えからです。

季節講習中には午前中から教室を開け、通い放題の仕組みを利用して長時間勉強することもできます。実際に、必要に応じて長い時間を塾で勉強する生徒もいます。

ただ、長時間勉強するのであれば、その時間をできるだけ有効に使うことも重要です。集中が落ちてきたら短い休憩を入れる。科目を切り替える。取り組む課題を変える。そうした工夫も必要です。

「疲れたから、今日はもうやめよう」と簡単に学習量を減らすことが目的ではありません。

必要な学習量については目標や現在の状況を踏まえて提案する。そのうえで、同じ時間を使うのであれば、できるだけ集中して身につく時間にする。

それが、私たちの考える学習量との向き合い方です。

■ 本当に育てたい「自主性」とは

私たちが考える自主性は、「誰にも言われなくても、家で長時間勉強できること」だけではありません。

自分に何が必要なのかを考える。分からなければ相談する。集中できる環境を選ぶ。必要な学習量について周囲の意見も聞く。そして、自分の目標に向けて必要な行動を選べるようになる。

自立とは、何でも一人で、自分のやりやすいように進めることではありません。

大人になって仕事をするようになれば、上司や同僚の意見を聞き、ときには自分の考えややり方を修正しながら仕事を進める場面が数多くあります。自分とは違う意見だからと拒むのではなく、相手の意見を聞き、その理由を考え、必要なものを取り入れて自分の行動をよりよくしていく。これも、自立するうえで必要な力です。

勉強も同じです。先生や周囲からの助言を聞き、その理由を考え、自分に必要なものを取り入れる。「自分で勉強する」と「全部自分だけで決める」は同じではありません。

自分の希望より多い学習量を提案されることもあるでしょう。逆に、自分では「もっとやらなければ」と思っていても、今はこれ以上増やさず、目の前の学習に集中した方がよいと提案されることもあります。

大切なのは、言われた通りに何でも従うことでも、自分の考えだけを押し通すことでもありません。周囲の意見を聞き、その理由を考え、必要なものを自分の行動に取り入れられること。

それもまた、自分の目標に向かって主体的に行動するための自主性だと考えています。

私たちが大切にしているのは、「たくさん勉強しなくてよい」ということではありません。

目標に必要な学習量を考え、そのうえで、一人ひとりができるだけ成果につながる方法で取り組む。

それが、私たちが現在大切にしている学習の考え方です。